休憩が苦手
ヤママユ子が仕事をする上で一番苦手なのが毎日二回やって来る休憩時間である。
会食恐怖というほどではないが、家族以外と食事をするのは極めて苦手だ。
20代前半の頃に摂食障害を患ったのが関係しているかどうかはわからない。
割りと仲のいい人とならとくに緊張しすぎることもないのだが、大抵の場合メーカーの社員様と取ることになる。
向こうは私と絡みにくいと思っているだろうし(思い込みかも知れないが)、私は一人にしてくれよと思う。
かといって私一人だけ他の場所で食事を摂れば不自然だ。
何より私がいないところで何を言われるか分からない。
また、仕事中は食べ物があまり入らないので毎日作るお弁当も小さい。
少なくない?足りんの?といじられるのも苦手だ。あなた方とだから入らないのだ。
拘束時間中は館の外に出ることはできない。
休憩室に居たくないとき、私は従業員トイレの個室にこもるのだ。
自分でも何してるんだろうと思う。慣れているので涙は出ないがひどく惨めだ。
ここでお弁当が食べられたらいいのにと思う。
被害妄想甚だしいのも分かっている。
しかしここで働き始めてすぐ、「水が合わない」という言葉を初めて身をもって理解した。
二年半よく頑張ったと思う。
職場で孤立してるかどうかも分からない
ヤママユ子のことを皆どう思っているのだろう。
本当に仲がいい人、純粋に心配してくれる人、
大丈夫?と聞きながら噂のネタを探す人。
正直仕事には行きづらいと言うか、モチベーションがかなり下がった状態だ。
次に何かきっかけがあればまた爆発してしまいそうな状態。
売り場で全裸にでもなれば気がふれたと皆納得してくれるんじゃないか、と
そんなあり得ない考えが浮かぶくらいの精神状態だ。
だがそれでも今日も明日も仕事に行くのだ。
明日はお客様の予約が入っている。明日私の働くショップには私一人しか出勤しない。
私がいなくなればそこはがらんどうだ。
そして行かねば女が廃る、負けな気がする、そんな根拠のない意地だ。
公務員試験は今週末控えている。それまで1日も休みはない。
たったひとつの専門職の枠のため8月から準備してきた。
筆記や論文で通っても、面接は苦手だ。
何より現役の大学生たちに太刀打ちできるフレッシュさや知識はない。
ため息ばかりだ。
仕事か出産か
ヤママユ子は半年ほど前に結婚した。
結婚しても仕事を続けるというのは今時の夫婦のかたちとして珍しくないだろう。
経済的な理由のみならず、社会との繋がりを持ち続けたいというのも大切な考えだ。
実際今現在お金がないと困るから働いているが、もし旦那が年収何千万でも私はどこかでパートをしていると思う。
考えるのは子供のことだ。
両親との関係で悩んでいた私は、自分は子供を持つまいと長いこと考えていた。
しかし結婚すると不思議なものでなぜか欲しくなるのだ。
今のままの働き方では、妊娠とともに仕事を失うことになる。産休がないのは私にとって大きな悩みである。
だから産休のない派遣から産休のある契約社員の話にかじりついていたし、また、その話が先になりそうと知って焦りもあった。
しかし最近もっと根本的なことを考える。
産休を取って一年で復帰して、その後しばらく働いても結局退職する人を複数見てきた。
時短勤務で嫌味を言われ続けた人も。
子供をもって女性が働くことはそもそも難しいのだろう。
年齢的に、もしかしたら私は子供が欲しくてもできるとは限らない。
誰もが子供は早い方がいいと言う。まず産めばいいと言う。
お金や住むところや環境を整えて、さて作ろうとして出来ないのは切ないよ、と言う。
私にとってとても大切だった仕事は派遣先にとってはなんてことないことだった。
当たり前だ。代わりを見つければいい。
(とは言え条件の悪い仕事に応募があると思えないし、お客様へ「施術」する仕事なので同等の人がすぐ見つかるとは思えないが)
ばかばかしい。
仕事と子供なら子供のほうが大切に決まってる。
それにずっと気づけなかったなんて。
私の働く女性の職場では、結婚している者が圧倒的に少ない。正社員様はほとんど私より10も年上で独身だ。
しっかりしたキャリアもあり、買い物に旅行にと忙しい。
男より稼ごうと思えば婚期を逃し、結婚すれば仕事だけに打ち込むことはできない。
接客7年目、自信をなくす。
ヤママユ子は責任者に謝る時間をくれと持ちかけた。
仕事上一番近い立場のパートナーから謝っておきなと言われたからだ。
確かに私も感情のコントロールがきかないまま責任者とやりあったのは反省していた。
私は私が何かを主張することは間違っていたとは思わない。そして二年半やってきたことも。
派遣元から大した説明もなく現場に出され、ひとつひとつの仕事を拾って覚えて、それは今でも続く。精一杯やってきたつもりだった。そしてそれは自己満足だったようだ。
少し謝罪の時間を貰うつもりだった。
しかし待っていたのは長時間の叱責、いや、励ましの言葉たちだった。
私が感情に任せて責任者につめよったのは許されないことだ。
だが目の前の責任者が昼間から売り場で大きな声で私を威圧するのは許される。しょうがない。これが立場の差か、と痛いほど感じる。
あなたが二年半やって来たことは、会社が求めてるものと少しズレてたの。
と言われた。
ズレてると思いながら私を二年半泳がせたのか。
なんだよ。私がやってきたことは。なんなんだ。
あげく、○○さんと仲悪いでしょ?○○さんに対する敬意が感じられない等私の心の中のことにまで言及してくる始末。
私は人に誤解を、というか不快感を与える性格なのだろうか?
実際は接客が好きだし、ご指名くださるお客様もいる。ただここまで言われれば自信がなくなる。
派遣社員なんだからリスクを抱えて仕事するのはしょうがないことよね?とも言われる。
それはお互い様さ、と私は思う。
「いつ切られるか分からない」のは私側だけではない。
派遣先の責任者に歯向かったらもう終わり?
ヤママユ子である。
先日派遣先の責任者に噛みついた件で思わぬ方向に事態が動いている。
噛みついたと言っても、納得行かない人事について説明を求めただけなのだが、私も頭に血がのぼり、
2年半我慢していたものが爆発してしまって売り言葉に買い言葉、そして何より泣きながら話していた現場を何人かに目撃されていたことが大きい。
冷静になってから出勤するも後の祭り。
尾ひれ背びれ腹びれ尻びれがついて噂が一人歩き。だから女の職場は嫌だ。
なぜか私が悪者のようで、仲が良いと思っていた仲間にすら、責任者に謝っておきなよとかよく出勤できるねとか言われる始末。
そこでようやく気付く。派遣先の責任者とやりあったことが致命的であることを。
私には私なりの正義があってした行動でも、他人から見ればただの空気の読めない派遣だ。
なにも言わず我慢すれば良かった、と思う一方で、
筋の通らないことに意見できたことは後悔していない。
けど、行きづらいなー明日からも仕事。
行くけど。
もうこうなれば私には信頼できる人間は職場にはいない。
このタイミングで辞めればいかにもだし、ゼロ(いや、マイナス)になってしまった派遣先からの信頼をまた勝ち取るほかない。
ここにもう長くいるつもりはないが、退社するときは一人でも多くの人に惜しまれたいではないか。
そして私がいなくなれば人手不足の売り場はどうなる?壊滅的だ。
どんなに私が辞めたくとも、お客さんに罪はない。
こういう自己犠牲も意味がないからやめたい。
だが派遣社員なんて自己犠牲の精神がなければ続かない。
私は皆のためにと思って仕事をしていた。
私の人生の中では、月給10万円の仕事が、とても大切なものに見えていた。
ああ、くそ、ひどい気分だ。
ひとりきりの夜に私はお酒も飲むことが出来ない。
派遣社員という働き方
ヤママユ子は今のデパートで2年半、派遣として働いている。
条件が悪いことは分かっていたが、昔からやりたかった職種だったため、今より少し若かった私は「前任者の産休補填の1年間」という契約で入社した。
一般に、派遣社員は3年間という有期雇用ではあるものの時給が高く、契約業務だけをサクサクこなし定時で帰るというメリットがあるイメージがある。
3年経てば派遣先から直接雇用の申し出もある。
確かに私の給与は、時給換算すれば直接雇用の契約社員より高いらしい。
しかし私の月の手取りは11万円程度だ。10万円を切ったこともある。
労働時間が短いのだ。
デパート側か派遣会社側か、どちらの事情なのかはわからないが人件費が出せないのだと思う。
それは慢性的な人手不足を見ていればわかる。
開店からしばらくして出勤する私に、嫌味をいう人は少なくない。私だってフルタイムで居られるならばそうしたい。
バイトを掛け持ちしようにも微妙な時間帯だ。
そして何より、この条件は1年間だけだから、やりたい仕事ができるだけで十分だからと我慢していた。
その間人手不足を理由に、契約業務以外の仕事もこなしていたことを加えておこう。
さて、「産休補填の1年間」で契約していたはずの私はなぜこんな条件のまま2年半経ってしまったのか。
産休の人は復帰しなかったのだ。
退職したわけではない。ただ、時短勤務を希望し他の売り場にまわされたため、私はそのまま継続になった。
納得いかないのは、「産休補填の1年間」はカウントされず、そこから「通常派遣の3年間」が契約期間とされたことだ。
さらに2015年10月に派遣法改正があり、気づけば「法改正から3年間」に引き伸ばされていた。
この2年半のうちに、派遣先の責任者から直接雇用の申し出があった。
口約束だった。
「今じゃないけどゆくゆくは貴女にこのフロアの社員になってほしい。そのつもりで働いてほしい。」
こうなれば店頭活動だけが私の仕事ではない。
行きたくもない派遣先のスポーツ大会に出場し、会費を払い飲み会でお酌してまわる。
棚卸では別のフロアに行って10時近くまで手伝いをした。
そして派遣先は今月、私に知らん振りで二十歳の女の子をフロアの社員として採った。
人手不足すぎてとにかく条件関係なく誰でもいいから入って欲しかったというのが理由らしかった。
責任者に説明を求めると責任転嫁しながら1時間話してくれた。
私がこの2年半、一人で取ってきた売上は…ここでは具体的に書かないがかなりの額になる。まったく評価されなかったような気分だった。
未経験の二十歳に仕事を取られたと思うと、怒りと情けなさでいっぱいだった。
この調子で派遣契約満了まで過ごせば私は30を越える。
仕事の内容は好きだ。大好きだ。
でもここから離れなければならない。
そう決意した瞬間だった。